『ワガママ爺さん』

 先日、九頭竜川に行ったときの出来事です。たまにはトロ場でじっくりと釣ってみたいと思い、足場の悪い木立が林立している間のわずかばかりの空間、そうですねぇ30mぐらいの木立の間に入ろうと 道から藪こぎに近い状態で川の縁に近づきました。すると川の真ん中に立ち込んでいる65歳ぐらいの初老の爺さんが「そこに入るんじゃねぇ!!」と川の真ん中から 私をにらんで怒鳴るんです。その爺さんは自分では川の真ん中に立ち込んでいて、私とその人の間からは50m近く離れているのにですよ。

さすがに温厚が売り物の私もカチンと来ました。こんな自分勝手な輩は懲らしめないと世のためにならない!と、それには少しこちらも凄みを見せないと負けです。そこで私は下っ腹に力を入れて精一杯の凄みを入れながらこう怒鳴りました。
「オヤジぃ、ここはオメーひとりの川かよぉ!バカ言ってんじゃねぇぞ!」…ホントはジジィと言おうと思っただけれど、あまり挑発するのも何だからオヤジにしておいてあげたんだけれど、これが優しさだってあのオヤジわかってないだろうねぇ。

するとオヤジは、「これからそこを釣ろうと思っていたんだからどけ!」って怒鳴るンんです。思わず「はぁ〜っ?」って感じです。今の自分の位置からは50mぐらい離れているんですよ。あまりの厚かましさにあきれて1分ぐらい沈黙が続き、にらみ合いの状態になりました。

そのとき私は、自分が絶対的な優位に立っていることに気がつきました。そうです。自分は川に立ち込んでいないので竿を岸におけば両手がフルに使えるのです。それに比べて相手は自分より15cmは身長も低そうだし、何より腰まで立ち込んで高そうな竿を握っているんですよ。竿を捨ててまで私と喧嘩する気があるのでしょうか?

相手はまだ自分が不利な状況にいることに気がついていない。これって気づかせた方が良いですよね。そう思った私は、「オイ、オヤジ!俺とやるか!」と怒鳴って、おもむろに持っていた竿を地面において、ついでにそこに落ちていたこぶし大の石を相手に見えるように握って2、3歩川に入って仁王立ちになりました。

するとオヤジは自分が不利だと言うことがやっとわかったようです。『コイツ、ここまでやるか」とばかりに一瞬こまったような表情を見せ、ひるんで私の目線を外したのです。私は『やったぁ、計画通り!』と内心喜びながらも、さあてどう決着をつけようかと考えました。喧嘩って振り上げた拳をどう降ろすかで技量が決まりますよねぇ。

相手が自分の弱みに気がついたらあとは、どうしようか?相手も周りに釣り人が10人ぐらいいる中で怒鳴ったぐらいの輩です。プライドが高いのに決まっています。そこで私は 手に持っていた石を岸に戻すとオヤジに怒鳴りました。「おい、オヤジィ、この場所はオメーが縄張り作るほど魚が釣れるンかぁ?」
するとオヤジは「そんなこと釣ってみなけりゃわかんねぇ」と言葉尻もこころなしか弱く答えたのです。そこで私は「よーし、わかった!じゃオヤジ、俺の所まで来て釣ってみろ。俺は少し下がって釣るからよ。…するとオヤジは素直に俺から20mぐらいの位置まで 無言で来て釣りはじめたのです。この場に及んでも縄張りを手放さない性質はまるで一番鮎です。

私もオヤジのじゃまをしないようになるべく離れて仕掛けをセットして釣りはじめました。その後、10分ぐらい経った時でしょうか。オヤジの竿が曲がり鮎が掛かったのです。オヤジは嬉しそうに竿を絞り、モタモタしながらも掛かり鮎をタモの中に無事納めたのでした。
私は「オヤジっ、なんセンチぐらいだぁ?」と怒鳴りながら聞いたら、オヤジは素直に「17cmぐらいかなぁ」って答えたのです。その言葉の語調には先ほど私を怒鳴り飛ばした張りはとうに消えていました。

私は最後の決着をつけるため、オヤジにこう怒鳴りました。「オヤジィ、よく釣ったなぁ。その勢いで頑張れよ!」
オヤジはとまどったような表情を浮かべながら小さな声で「ああぁ…」と答えたのでした。そのやりとりを聞いていた他の数人の釣り人たちが含み笑いをしていることに私は気がついていました。 他の釣り人にとってまさしく対岸の火事の心境で、自分には降りかかってこないので私とオヤジの掛け合いはちょうど良い暇つぶしの材料だったのに違いありません。

その後30分ぐらいして私もオヤジも掛かりません。しびれを切らした私は竿をたたみ「オヤジィ、俺は下に行くからよ。じゃましたな!」と一声掛けて下の瀬に移りました。結局、あのポイントで掛かったのは縄張り意識の強いオヤジがひとり釣れただけでした。

かっこわりーっ!!

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